mrhiyorigeta’s blog

思いつくままを気の向いた時に、散歩をするような日記です。

1月12日(2018)

快晴。日差しは暖かも風強め。高杉晋作ら挙兵し内戦開始(1865)。吉田松陰の直弟子であり攘夷志士のアブない男、にも拘わらず長州藩は、彼を上海へ視察に行かせたり、軍艦を買わせ大盤振る舞いをする。下関戦争講和の交渉役を勤めさせた。名門の出ということもあろうが、藩の懐が深いのか?よほど人財に枯渇していたのか?興味深いのは、晋作が奇兵隊を創った時にスポンサーとなった白石正一郎という大商人だ。肩入れが昂じて自らも入隊してしまう。御一新の後にはそのせいで自己破産の憂き目に。転換期には痛快な人物が輩出した。やはり時代の共時性か。幕末に通底したのが尊皇攘夷。押し寄せる列強を恐れる国民コンセンサスが天皇親政・倒幕の方向に向かった。私たちの歴史は終始、天皇制という軸を離れることがない。

○報じられたCPUの欠陥。無用かもだが、パス保管ソフトを外す。紙に写す。次々、発生するプログラムミスやサイバー攻撃、AI革命などと浮かれていていいのか?しかしあまり論じられない、why?解らないから?AIバブル?

ドル円111円台前半。米物価低迷のため金利あがらずと市場が嫌気。個人としては予想違い。円安ドル円を見込んでいたのだが。代わりにユーロ高。

1月11日(2018)

快晴。全国で厳しい冷え込み。今日の花は日本水仙。ただでさえ花の少ない時期に印象の強い花だ。春、凛という言葉が似合う。「水仙や寒き都のそこかしこ」(蕪村)。「登り来て崖一面の水仙よ」(伊藤三和)。「水仙のこの道をゆくばかりなり」(伊藤多恵子)

足利義輝が近江坂本で将軍職に就く(1581)。将軍とは名ばかり。家来と争い、その度に近江の地に逃げ込んだ。当に下克上の時代だった。歴史上でも琵琶湖を抱える近江国は特別な場所だった。白村江で敗れた天智の避難したのが近江なら、継体の出身地も近江だ。新羅征伐の神功皇后も近江と関係が深い。なぜか?北の敦賀の先は日本海朝鮮半島も間近、人々の往来、交易にも利便がある。西は比叡など山が連なり天然の要害を成す。逃げ込むには格好の地だ。南と東は道が四方八達、交通の要衝とならざるを得ない。 私見だが、近江の地は渡来人の根拠地だったのでは、思う。新羅百済からは日本海を渡って敦賀に至ればわけなく琵琶湖に出られる。先進文化はまず近江に到来し、奈良や京都に伝わっていったのではないか。文物のみならず王権も渡来人の関与が大きいのでは?。事情は不明だが、12景行は晩年に都を近江に。14仲哀は敦賀から九州へ向かった。古代の天皇が都を決める場合の要因は味方がいること。近江には何かあったのだ。

1月10日(2018)

快晴。小寒-水泉動(みずあたたかをふくむ)。体感では冬の真っ盛りだが、地中では陽気が生じ始める。もっとも氷が結ぶほどの冷えは最近、記憶にない。

○養生所(1723)。現代でいえば特養ホームに近いが個人負担なし。町医者の赤ひげ先生こと小川笙船が目安箱に投書し即、設置された。吉宗将軍、大岡忠相といい、優れた人物が次々に輩出された。やはり時代の共時性か。平成の世は負の共時性か?嘘つきの泥棒役人を出世させるソーリ、カネを渡し万事解決とする外務省、成人式詐欺を働きそのままドロンの恥知らず…。倫理はどこにいった?上から下まで、人物の枯渇極まれり。

慰安婦問題のネット世論で韓国を酷評、ときには罵倒するものが多い。不愉快だ。愛国心?政治家になった積り?強制or売春など断ずることが可能か?政治の公式見解めいたコメントには辟易、いろいろな意見を聞きたい。書き手側も一時の感情や思い込みをそのままぶつけるのは止めよう。今はネットで何でも調べられるはず。一呼吸置いて、最低限の史実は学べよ。使い方次第でネットはバカ濫造マシンにもなる。

1月9日(2018)

曇。春秋園騒動(1932)。待遇改善と業界改革を訴え、多くの大相撲力士が相撲協会を脱退、大相撲は興行不能の事態になる。協会と年寄親方・部屋の関係、特権茶屋の存在…。密室化した旧態の構造が内部から糾弾された。しかし体制側から圧迫され鎮圧された。構造は公益化とされた今も変わらず。貴乃花問題の本質もここにあり。財団法人としての資格が問われている。 

1月8日(2018)

曇・小雨。久々だ。マルコポーロ忌(1324)。父と叔父に伴い17歳で24年間の東方への冒険旅行で巨万の富を得た。ウソ半分としても面白い。ベネツィア人にとって世界が商いの舞台だった。ロマンのある話だ。羨ましい。

 ○人は逆境で真贋が判る。三橋貴明の八つ当たりのクソ喰らえ発言、底抜けの下品で軽薄者だった。TVに踊るただの目立たがり屋。

1月7日(2018)

晴れ。25武烈天皇忌(507)。18歳の短い生涯だが「いろいろ悪事をした」「良いことは何一つしなかった」…。日本書紀でこれほど悪く書かれている天皇は他にいない。何故だろう?私見では、紀の天皇史の正統は27継体以降である。この時(6世紀初め)に王権交代があったのかも知れない。

○色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける(小野小町、古今797)。これは失恋の歌ではなく、深い意味を感じてしまう。

○百貨店の正月売れ行き好調との報道。30分前倒しで販売(西武池袋)。「定価品が売れる」「欲しいものがあれば買う」と。中間層が買いまわっている?富裕層のみ?

○森友・加計はまだ終ってない、と実感(NHK政治討論で)。それにしても国税庁長官に栄転したあの暗いオトコ何とかならないか!訴えられ特捜が動いているらしいから期待しよう。

○年寄制度が典型「山分け公益法人日本相撲協会をぶっ壊せ!貴乃花も期待できない、彼も中の人、天辺に登りたいだけか。手段を選ばない非情さも好きではない。かつて内部から声が上がり改革が成されたケースは無い。

1月6日(2018)

晴れ。ディジーガレスピー忌(1993)。生誕は1917年。イノベーションは偶然ではなく、必然性があり、共時性があると感じてしまう。チャーリーパーカー(1920)・ケニークラーク(1914)・チャーリークリスチャン(1916)・セロニアスモンク(1917)。みな同時代人た。

○「丈夫(ますらお)と思へるものを太刀佩きて かにはの田井に世理ぞ摘みける」(薩の妙観命婦、万)。

○45聖武天皇恭仁京に遷都する(741)。745年に再び平城京に戻るまで都を転々と移す。度重なる天変地異や天然痘の流行の裏に怨霊による祟りがあると怯え、パニックに陥ったのだ。仏道にのめり込み、終いには皇位を娘に譲ってしまうことになる。

○「自由で開かれたインド太平洋戦略」は政治力学の法則通りだが…。日本は世界を意識できる国でない、自国民第一が基本だ。身の丈を考えろ、この国はズに乗るとロクなことはない。

○南北交渉の推移に注目。中国が図る日米韓分断の可能性もある。